2017年3月14日火曜日

『徹底検証 日本の右傾化』に寄稿

 3月13日に筑摩選書として刊行された『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高編著)に「“歴史の決戦兵器”、「WGIP」論の現在」(第14章)を寄稿いたしました。
  「WGIP」とは「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program」の略です。GHQが占領期に行った検閲やプロパガンダに関する計画を指すこの語は、1980年代に評論家の江藤淳が『閉された言語空間』(文藝春秋、ベースとなったのは月刊誌『諸君』での連載)で論壇に紹介したものです。WGIPは「東京裁判史観」を日本人に植えつけるための洗脳工作であり、その呪縛はいまだに続いている……といったたぐいの主張を「WGIP」論と拙稿では称しています。

「WGIP」論は歴史学の観点から見ても、また心理学や精神医学の知見に照らしても大きな問題点を抱えています。しかし右派論壇では2015年から「WGIP」論のプチブームといってよい事態が起こっています。拙稿は「WGIP」論の概要とその特徴、問題点を概観したうえで、15年以降の「WGIP」論のカジュアル化を紹介しております。

紙幅の都合で書ききれなかったことも少なくありません。15年以降に新たに「WGIP」論業界に参入した言論人たちの、個々の主張の特徴などは紹介できていませんし、江藤以後「WGIP」論ないしそのヴァリエーションを継承してきた何人かの言論人(西尾幹二、櫻井よしこら)についても論じることはできませんでした。中心的な「WGIP」論のイデオローグである高橋史朗の主張の変遷についても、です。いずれも、今後機会があれば書いておきたいと思っています。

「WGIP」論の荒唐無稽さについてはきちんと示すことができたと思います。しかしその荒唐無稽な主張を警戒しなければならないのは、「WGIP」論をこの社会が受容しかねない条件がいくつもそろってしまっているからです。安倍内閣が歴史修正主義的なイデオロギーをもっており、右派の「歴史戦」キャンペーンに公然と協力していること。主流メディアが歴史修正主義に対してきわめて寛容であること。「日本はむしろ被害者である」という歴史認識が日本人の自己愛をくすぐるものであること。さらに自身の記憶や実感に基づいて「戦争はこりごり」という意識をもつ世代が少数派となり、遠からずこの社会から退場すること、などです。「WGIP」論は戦後の日本がアジア太平洋戦争の体験をどう記憶してきたか……という戦後史を「修正」することで、「侵略戦争」も「南京大虐殺」も「慰安婦問題」も一気に否認することを可能にするものです。個々の論点について細かな議論を積み重ねるまでもなく「GHQの洗脳!」のひとことですべてをひっくり返せるわけですから、“歴史戦の決戦兵器”というわけです。これからの日本社会は実体験に依拠せずに「WGIP」論に抗しなければならないわけです。