2019年6月10日月曜日

『「満洲」へ渡った朝鮮人たち』(世織書房)関連イベント(転送)

転送・拡散歓迎」として回ってきたイベント情報をお知らせいたします。

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新刊『「満洲」へ渡った朝鮮人たち』(6月17日発売!)に関連して、以下のようなさまざまイベントが開かれます。とくに写真展示展@高麗博物館は2週間限定です。(転送・拡散歓迎)

植民地期の中国東北=「満洲」には、在日朝鮮人と同じく植民地支配に起因して、朝鮮半島から渡った朝鮮人数は200万人以上に達しました。今回は、「満洲国」期の関東軍や「満洲国」政府、朝鮮総督府の集団移民政策によって、「満洲」の荒地にして抗日武装闘争の最前線に行かされた朝鮮人一世など600人を20年間にわたってインタビュー、写真撮影をした李光平(リ・グァンピョン)さんが中国延辺(朝鮮族自治州)から来日します。
李光平さんの写真展や新刊には、移民たちの生活、葛藤、抗いなどが生々しく描かれています。そのなかには、朝鮮人男性とは異なる移民体験をした朝鮮人女性、そして釜山から「満洲」の慰安所に行かされた元「慰安婦」被害女性も入っています。
なかなか見る機会のない写真展示展&イベントですので、ぜひともご参加ください。新刊も割引します!
1)高麗博物館でのイベント
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『植民地朝鮮から「満洲」へ渡った朝鮮人移民』写真展・講演会・連続歴史講座のご案内 
☆李光平(リ・グァンピョン)写真展:予約は不要。
6月26日(水)~7月7日(日)12時~17時  ※7月1日(月)は休館日 2週間限定
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☆李光平氏来日記念講演会
「〈在満〉朝鮮人の移動と生活を記録する~延辺地区フォトインタヴュー調査20年の経験から」:
6月29日(土)14:00~16:30 ※事前予約必要 03-5272-3510 
司会・解説:中野敏男
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☆連続歴史講座 第1回目:
7月2日(火)13:30~16:00 ※事前予約必要 03-5272-3510
①橋本雄一「万宝山事件と文学のことば~『満洲事変』前夜の中国東北・朝鮮・日本~」
②金雪梅 「“北間島”の詩人、尹東柱~植民地期中国東北・朝鮮そして日本をたどって読む~」
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7月6日(土)13:30~16:00 ※事前予約必要 03-5272-3510
①飯倉江里衣「『満洲』における抗日運動と朝鮮人~『間島』の1919年3・13独立運動とその後~」
②金富子「植民地から『満洲』への朝鮮人移民史~『満洲国』期を中心に~」(映像上映あり)
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NEW〇李光平先生ギャラリートーク(全2回) 
※事前申し込み不要、会費:入館料のみ
写真について、李光平先生に解説をしていただきます。自由に質問もできる貴重な機会です!
第1回目:6月26日(火)16:00~17:00
第2回目:7月 5日(金)16:00~17:00
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〇書評講演会  ※事前申し込み不要、参加費無料、通訳あり
日時:6月30日(日)13:00~16:30
会場:東京外国語大学 海外事情研究所(講義棟427)
講演者:李光平(ドキュメンタリー写真家、龍井3.13記念事業会会長)
書評者:康成銀(朝鮮大学校朝鮮問題研究センター長)、
寺沢秀文(満蒙開拓平和記念館館長)
    朴敬玉(一橋大学特任講師)、
主催:科学研究費補助金 基盤研究(B)「日本/朝鮮・中国東北からみた「満洲」の記憶と痕跡~輻輳する民族・階級・ジェンダー~(課題番号:16H03325)」(代表者:金富子)
共催:海外事情研究所
『「満洲」に渡った朝鮮人たち 写真でたどる記憶と痕跡』
李光平 写真・文
金富子 中野敏男 橋本雄一 飯倉江里衣 責任編集
2400円+税、世織書房
 
目次
はじめに—離郷の人生を語る姿と言葉
日本にとっての「満洲」、朝鮮にとっての「満洲」  中野敏男 
◆「満洲」に渡った人びとのいま 
集団移民の魂を探して数万里
—『「満洲」に渡った朝鮮人たち』刊行にあたって  李 光平(飯倉江里衣訳) 
 —李光平のオーラルヒストリー・ノート  写真・文 李 光平(翻訳・監修 金 富子・飯倉江里衣)
プロローグ 李光平 集団移民の調査へ 
1章 移動 朝鮮から「満洲」へ 
2章 土塁を築いての出発 
3章 植民地政策としての集団農業移民 
4章 対官憲・対植民地軍 
5章 東北抗日聯軍との接触 
6章 それぞれの家族と生活 
7章 女性たち 
8章 日本軍「慰安婦」 
9章 ″光復〟後の新しい生活 
「満洲国」期の朝鮮人移民と集団部落  孫 春日(金 富子訳)
植民地帝国日本と朝鮮人の移動  金 富子 
移動という生存、抗い、円環—植民地空間をめぐる文学テクストたちを辿って  橋本雄一 
間島における抗日闘争と日本の鎮圧政策—朝鮮人集団移民政策の背景  飯倉江里衣 
コラム 写真から見る中国朝鮮族の若い世代からの民族史・個人史 朴 紅蓮 
あとがき 
参考文献 
関連年表(朝鮮、「満洲」・中国を中心に) 
●李 光平(リ グァンピョン)
ドキュメンタリー写真家、群衆文化専業副研究館員、龍井3.13紀念事業会会長。編著に『中国朝鮮族民俗』(中国旅游出版社)、『写真で見る中国朝鮮族民俗写真』(延辺人民出版社)、『中国朝鮮族史料全集 歴史篇 移民史 11巻』(延辺人民出版社)、『口述、延辺65年』(延辺人民出版社)など多数。
●金 富子、中野敏男、橋本雄一、飯倉江里衣
●孫 春日(ソン チュニル)
植民地期朝鮮人移民史研究。延辺大学人文科学学院教授。著書に『「満洲国」時期朝鮮人開拓民研究』(延辺大学出版社 )など多数。
●朴 紅蓮(ボク コウレン)
ジェンダー論、寧波大学専任講師。著書に『中国の育児期女性と「良き母親」言語:都市部で働く「80後」の高学歴女性を中心に』(吉林大学出版社)


下記のイベントはすべて@高麗博物館(最寄り駅:新大久保駅、大久保駅)
☆連続歴史講座 第2回目:
以上の共催:東京外国語大学「李光平写真集」刊行委員会・高麗博物館
2)東京外国語大学でのイベント
3)新刊本の内容
第1部 写真が語る朝鮮人集団移民と「満洲」
第2部 背景を理解するために   
【著編著者プロフィール】
責任編集
執筆者

2018年11月16日金曜日

選択的懐疑主義


歴史学者D・リップシュタットとホロコースト否定論者D・アーヴィングの裁判を描いた映画『否定と肯定』において、リップシュタット側の代理人は「釣り銭を間違えるウェイター」の喩えでアーヴィングを断罪します(これは実際に法廷で行われた弁論に依拠したシーンです)。ウェイターが正直ならば客が得をするように間違えることも自分が得をするように間違えることもあるだろう。しかし常に自分が得をするように“間違えて”いるなら、それは意図的なゴマカシなのだ……というのが大意です。

同じことは日本の近現代史に関して「ただ事実を確認したいだけだ」とか「議論すら許されないなんておかしいじゃないか」などと言い出すひとについても指摘することができます。彼らの懐疑的な関心はあらゆる方向に向けられているでしょうか? 彼らは広島・長崎の原爆死没者名簿の“毎年増え続けている記載人数に懐疑の目を向けるでしょうか? 彼らはシベリア抑留中の死亡と強制労働の因果関係について法医学的な証明を要求するでしょうか? 彼らは東京大空襲で亡くなったとされる約10万人の遺体のうち、“発見”されていない約1万5千体について「議論」することを要求してきたでしょうか?

あるいはこう問うてみてもいいでしょう。彼らは「カチンの森の虐殺」が本当にソ連軍によるものであるのかどうかについての議論をすべきだと主張しているでしょうか? クメール/ルージュの犠牲者の数がはっきりしないことに疑問をいだき、大虐殺が「幻」である可能性を追及しようとしているでしょうか?

もし彼らが歴史的事実に関心を持っているなら、その懐疑精神は大日本帝国の負の側面にも正の側面にも等しく向けられるはずです。しかし彼らが大日本帝国の加害にだけ「確認」や「議論」や「検証」を要求するなら、彼らは歴史修正主義者なのです。








2018年8月7日火曜日

「捏造」? 「誤報」? 「歴史戦」連載第2部の大問題


私も寄稿した『検証 産経新聞報道』(金曜日)および、同書の原型となった『週刊金曜日』2017年2月17日号掲載の特集「『歴史戦』に負けた『産経新聞』(この特集にも私は高嶋伸欣さんとの対談で登場)における不祥事に関して、同誌2018年8月3日号に掲載された検証記事が同誌公式サイトにも掲載されました。
通常、自著の刊行後は宣伝を兼ねて、SNS等で読者の方向けに補足情報、関連情報を発信しているのですが、この問題の把握後は『検証 産経新聞報道』への言及を控えておりました。とはいえ、私の寄稿部分(「『産経新聞』の“戦歴”「歴史戦」の過去・現在・未来」)には広く知っていただきたい事柄も含まれてはおりますので、一連の経過と再発防止のための取り組みが公表されたことを期に、執筆過程でもっとも驚いたことを紹介しておきたいと思います。

まずは【歴史戦】連載の第2部「慰安婦問題の原点(3)後半」(2014年5月23日)と「慰安婦問題の原点(4)前半」(2014年5月24日)をご覧ください。前者には次のような一節があります。
 3年12月に、韓国の民間団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」を母体とし、弁護士の高木健一、福島瑞穂(社民党前党首)らが弁護人となって韓国人元慰安婦、金学順らが日本政府を相手取り損害賠償訴訟を起こす。
他方、後者では同じ訴訟について、次のような記述があります。
 挺対協の働きかけで元慰安婦らが東京地裁に提訴し、4年1月に朝日新聞が「慰安所 軍関与示す資料」と大々的に報道すると、直後に北朝鮮国営の朝鮮中央通信はタイミングを計ったようにこう伝えた。
後者には原告の名前が書かれていませんが、「4年1月」(1992年1月)以前の訴訟ですから、これは明らかに前日23日の記事が言及している金学順さんらの訴訟を指しています。同じ訴訟について、23日には「「太平洋戦争犠牲者遺族会」を母体とし」としていたのに翌24日には「挺対協の働きかけで」としているわけです。
日本軍「慰安婦」問題について基礎的な知識をお持ちの方ならすぐわかる通り、正しい記述は23日のものです。金学順さんは「挺対協の働きかけ」で名乗り出たものの、訴訟については遺族会と行動を共にしたからです。
同じ取材班が書いた2日連続の記事において、同じ訴訟についてまったく異なる(そして一方は誤った)記述がなされている、というのはいったいどういうことでしょうか。『産経新聞』は取材班のなかでろくに取材テーマについての情報共有もなされず、校正も校閲もまったく機能していないということなのでしょうか?
しかし2つの記事全体を読むとこれは意図的な書き分けなのではないか? という疑惑が生じます。というのも、23日の記事は元『朝日新聞』記者の植村隆さんを攻撃対象としているのに対して、24日の記事は挺対協を攻撃対象としているからです。右派は植村さんの義母が遺族会の幹部であったことをさんざんとりあげてきました。23日の記事でも金学順さんらの訴訟の「母体」が遺族会であることに言及されているのはそのためです。ところが挺対協を攻撃対象とする24日の記事では、金学順さんに提訴を働きかけたのが挺対協であるという、事実に反する記述をしているわけです。右派の「慰安婦」問題言説を追いかけてきた私としては、これが単なるミスである……なんてことを信じるほどお人好しにはなれません。
むろん、「捏造」であるかどうかは取材班の主観的認識に依存することですから、その主観的認識にかかわる別の証拠がない限り「捏造」だと断定することはできません。しかし『産経新聞』が『朝日新聞』に対しては実に軽々しく「捏造」という非難をぶつけてきたことを想起するなら、これを「捏造」と呼ばない理由も思いつきません。

なおウェブ掲載版だけでなく紙面版でも当該箇所は上記の通りになっており、さらに単行本『歴史戦 朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』(産経新聞出版)でも同様である(122、127ページ)ことも申し添えておきます。単行本でも24日分の記述が訂正されていないことが、「捏造」の傍証になることは言うまでもないでしょう。






2018年6月14日木曜日

『右派はなぜ家族に介入したがるのか』書評研究会(@京都)


中里見博・能川元一・打越さく良・立石直子・笹沼弘志・清末愛砂『右派はなぜ家族に介入したがるのか 憲法24条と9条』、大月書店、2018年5月
「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」を掲げる24条は、9条と並んで改憲のターゲットとされてきた。――それはなぜか?「家族」を統制しようとする右派の狙いを読み解き、24条と9条を柱とする「非暴力平和主義」を対置する。
 拙稿は一昨年の「日本会議本」ブームの際に注目を浴びなかった論者を中心に、「家族」「24条」「育児」などについて積極的に発言している右派の論者をとりあげ、24条改憲論の背後にある家族イデオロギーの一端を明らかにしようとしたものです。

 7月月6日に京都で同書の書評研究会を開催します(共催:ジェンダー法学会関西支部)。どなたでもご参加いただけます。

評者コメント:松本克美(立命館大学)、植松健一(立命館大学)
執筆者応答:中里見博、能川元一、立石直子、笹沼弘志、清末愛砂

2018年7月6日(金) 18:30〜20:30
キャンパスプラザ京都 2階 第3会議室











2018年5月25日金曜日

近刊『まぼろしの「日本的家族」』


早川タダノリ(編著)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社ライブラリー93)、青弓社、2018年6月27日刊行予定
2012年に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」に明らかなように、改憲潮流が想定する「伝統的家族像」は、男女の役割を固定化して国家の基礎単位として家族を位置づけるものである。 右派やバックラッシュ勢力は、なぜ家族モデルを「捏造・創造」して幻想的な家族を追い求めるのか。 「伝統的家族」をめぐる近代から現代までの変遷、官製婚活、結婚と国籍、税制や教育に通底する家族像、憲法24条改悪など、伝統的家族を追い求める「斜め上」をいく事例を批判的に検証する。
 昨年開催されたPARC自由学校の連続講座「まぼろしの「日本的家族」」をベースとした本書に私も第2章「右派の「二十四条」「家族」言説を読む」を寄稿いたしました。
 先月刊行された『右派はなぜ家族に介入したがるのか』所収の拙稿も、本書に所収の拙稿もそれぞれ4節からなっており、第1節はどちらも右派の改憲論の現状を報告したものです。そのため基本的には同じような内容になっておりますが、なるべく異なる資料を紹介するようにいたしました。残りの2〜4節についてはほとんど重複のない内容にしたつもりです。










2018年4月30日月曜日

『右派はなぜ家族に介入したがるのか』刊行&公開合評会


中里見博・能川元一・打越さく良・立石直子・笹沼弘志・清末愛砂『右派はなぜ家族に介入したがるのか 憲法24条と9条』、大月書店、2018年5月
「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」を掲げる24条は、9条と並んで改憲のターゲットとされてきた。――それはなぜか?「家族」を統制しようとする右派の狙いを読み解き、24条と9条を柱とする「非暴力平和主義」を対置する。

目次序章 なぜいま憲法24条と9条か 中里見博第1章 右派はなぜ24条改憲を狙うのか?――「家族」論から読み解く 能川元一第2章 家庭教育支援法の何が問題なのか?――24条を踏みにじる国家介入 打越さく良 第3章 「家」から憲法24条下の家族へ 立石直子第4章 日本社会を蝕む貧困・改憲と家族――24条「個人の尊厳」の底力 笹沼弘志第5章 非暴力平和主義の両輪――24条と9条 清末愛砂第6章 非暴力積極平和としての憲法の平和主義 中里見博
 拙稿は一昨年の「日本会議本」ブームの際に注目を浴びなかった論者を中心に、「家族」「24条」「育児」などについて積極的に発言している右派の論者をとりあげ、24条改憲論の背後にある家族イデオロギーの一端を明らかにしようとしたものです。

 刊行直後の6月1日に同書の公開合評会を予定しております。評者として君島東彦氏(立命館大学)にご登壇いただく予定です。特にご予約などしていただく必要はなく、どなたでもご参加いただけます。

日時:2018年6月1日(金) 18:30〜20:30
場所:文京シビックセンター3階南 障害者会館 会議室








2018年4月8日日曜日

D・リップシュタット『否定と肯定』


デボラ・E・リップシュタット『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』、ハーパーBOOKS、2017年  1996年、アメリカの歴史学者デボラ・リップシュタットは彼女の著作 Denying the Holocaust: the growing assault on truth and memory (1993) のイギリス版を刊行した出版社ペンギン・ブックスとともに、イギリス人著述家D・アーヴィングから民事訴訟を起こされる。ホロコースト否定論を扱った同書(1995年に邦訳が『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ〈上〉〈下〉』として恒友出版から刊行されている)のなかでアーヴィングを「否定論者」として扱ったことが名誉毀損にあたるという理由だ。  本書はこの訴訟の準備段階からアーヴィングの敗訴で決着するまでを、リップシュタットの視点から描いたもの。2005年に History on Trial (裁かれる歴史)のタイトルで刊行され、その後この裁判を題材とした映画の公開にあわせて改題(Denial: Holocaust History on Trial)された。映画は日本でも、本書が刊行されたのと同じ2017年に公開されている。  リップシュタットは多くの人々からの支援を得て裁判を闘うことができたが、その一方で裁判に対する奇妙な反応に戸惑わされることになる。リップシュタットがアーヴィングに勝訴することで、歴史に関して通説とは異なる主張を行う自由が萎縮するのではないか、といった見方をする人々が現れたからだ。実際にはアーヴィングがリップシュタットを訴え、アーヴィングに対する彼女の批判を封じようとしたにもかかわらず、だ。  本書から私たちが学ぶことのできるもっとも重要な教訓の一つがここにある。ホロコースト否定論は決して歴史についての“さまざまな見解の一つ”なのではない。なぜなら否定論は史料を故意に歪めて解釈する、都合の悪い史料を無視する、といった不当な手法に立脚しているからだ。裁判でリップシュタット側の証人となった歴史学者のリチャード・エヴァンズが証言したように、否定論者は「政治的な理由から歴史を歪曲」しているのであり、歴史学のふりをしてはいるものの実際には人種差別的な動機に基づく政治活動なのだ。  “どんなことでもタブーとせずに議論すべきだ”という訴えはもっともなものに思える。否定論者は私たちのそうした良識につけ込み、“学者たちが言っているのとは違う真実があるかもしれない”という疑惑を植え付けようとする。だが否定論者たちの土俵にあがって「ホロコーストの真実」を“再検証”しようとすることは、生存者や犠牲者の遺族を深く傷つける行為であることを知っておかねばならない。リップシュタット、ペンギン・ブックスの弁護チームが生存者を証人として呼ばなかった――法廷での証言を望む生存者はいたにもかかわらず――理由の一つは、アーヴィングに生存者を侮辱する機会を与えないためだった。  欧米社会ではホロコースト否定論のような歴史修正主義はあくまで周辺的な存在であるのに対し、日本社会ではこの二〇年間歴史修正主義が存在感を増し続けている、という事情の違いはある。しかしいまの日本社会を客観視するための鏡として、本書が有益であることは間違いない。

2018年2月8日木曜日

『「慰安婦」問題と未来への責任』公開書評会

 2017年12月に刊行された『「慰安婦」問題と未来への責任』(大月書店)の公開書評会が下記要領で開催されるとのことです。

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刊行記念公開書評会  ◉日韓「合意」を再検証した書『「慰安婦」問題と未来への責任〜日韓「合意」に抗して』

2018年2月24日(土)13001630(開場12:30


【評者】
  宮城晴美(沖縄近現代史、ジェンダー史)
  加藤圭木(朝鮮近現代史)
  鵜飼哲 *予定(フランス文学・思想)
【韓国から特別報告】

金昌祿(法史学/慶北大学法学専門大学院教授)


執筆者●中野敏男 板垣竜太 吉見義明 金昌祿 岡本有佳 渡辺美奈 米山リサ 永井和 金富子 小野沢あかね 北原みのり 小山エミ テッサ・モーリス=スズキ 池田恵理子 李娜榮 梶村太一郎 永原陽子 梁澄子

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 日韓両政府が発表した日韓「合意」(2015年)から2年。韓国で「被害者の意見が反映されなかった」という「合意」検証結果(201712月)が発表されて、「慰安婦」問題が再び注目されています。検証では「裏合意」まで明らかにされ、これを受けて文在寅大統領は、「合意」には「手続き的にも内容的にも重大欠陥」があったと認めました。日本のメディアは相変わらず「合意を順守すべき」などと安倍政権べったりの報道ですが、「慰安婦」問題はまたひとつの山場を迎えています。
 本書は、日韓の識者が、日韓「合意」(第1章)と新旧の歴史修正主義(第2章)を徹底検証し、被害者の声を受けとめた解決と未来にむけて果たすべき責任(第3章)を探っています。
 公開書評会では、沖縄から宮城晴美さんをお招きし、加藤圭木さん、鵜飼哲さん(予定)を評者とし、執筆者たち(一部)も参加して、本書と「慰安婦」問題の現在・未来について、思う存分に語りたいと思います。


資料代■500円(学生無料)
事前申込制■higashiasia2018@gmail.com
       TEL080 9429 8739(近現代東アジア研究会)
会場■津田塾大学  千駄ヶ谷キャンパス・3階 SA305教室
JR総武線「千駄ヶ谷」徒歩2分
都営大江戸線「国立競技場」A4出口徒歩2分
メトロ副都心線「北参道」徒歩10
主催■『「慰安婦」問題と未来への責任』編著者
   津田塾大学国際関係研究所 近現代東アジア研究会
協賛■大月書店



2018年1月15日月曜日

薄っぺらい「宣撫工作」理解と歴史修正主義

 この数日、ツイッターで相当の回数「拡散」されているブログ記事がある。「拡散希望です)大陸に出征した軍医さんへの命令書(未公開)2016.1.26」と題する約2年前のものだ。ケント・ギルバートや高須克弥のアカウントまで「拡散」に加わっている。
この「命令書」と「写真」の史料批判については専門家でもない私が口をだすことではないだろうが、歴史修正主義者の振る舞いという観点からみるといくつか興味深いところがある。

まず第一に、この記事に「南京大虐殺が存在しなかった写真つき証拠が発見される」というタイトルを付けて転載しているまとめサイトがいくつかあること。しかしこの写真、ブログ主は「南京の様子がアルバムに残っていました」としているけれども、誰が見ても南京とは似ても似つかぬ地方都市の風景である(注1)。「南京事件の証拠とされる写真が、南京で撮影されたものではなかった!」というのは南京否定論者が好んで主張してきたことであるが、なんのことはない「南京事件が捏造の証拠、とされる写真が南京で撮影されたものではなかった!」のである。ちなみに、コメント欄をみると、すでに同様の指摘がいくつもなされている。しかしブログ主もこの数日の拡散者たちも、そんなことはまったく意に介する様子はない。

もちろん、仮にこれらが当時の南京の風景を写したものであったとしても、「南京大虐殺が存在しなかった証拠」になどなりはしない。「虐殺など見なかった」「市内は平穏だった」という元将兵の“証言”をいくつか集めて「ほらみろ大虐殺はなかった」とする『産経新聞』などと同じ手口である。時空間的に大きな広がりを持つ出来事の不存在を証明するためには一体どれほどの「証拠」を積み上げる必要があるか、についての真面目な検討など行ったことがない人間にのみ為しうる業と言えよう。

最近の私の関心からすると更に興味深いのが、「施療してやったり宣撫したりと、虐殺からはほど遠いことがわかります」というブログ主の認識だ。私はかねてから「南京大虐殺は国民党のプロパガンダ」だという否定論の主張や、「WGIP」論について、「プロパガンダ」の理解が極めて浅薄であることを指摘してきた。前者は「プロパガンダである」ことが立証できれば(実際にはそこもで立証できてないのだが)捏造であることが明らかになる、という薄っぺらい認識に基づいている。ケントWGIP本は論外として、江藤淳や高橋史朗といった本家の著作においても、実証的な装いが凝らしてあるのは検閲や宣伝の「計画」の部分までで、それがどのように実行され・どの程度影響を与え・その影響がどの程度持続したのかという部分については極めてドグマ的で、実証主義のフリすらしていない。まるで「プロパガンダが計画されたのであれば、それは計画通り実行され計画通りの効果を発揮するものである」と言わんばかりだ。

同様にペラペラな認識をブログ主も見せている。この人物(および好意的に「拡散」している者たち)はまさか、宣撫工作というのは占領軍が占領地の住民に好意を持っているから行うものだ、とでも思っているのだろうか? 自分でタイプしながらも失笑してしまうほどありえない理解なのだが、そうとでも考えなければ「施療してやったり宣撫したりと、虐殺からはほど遠いことがわかります」などという主張は成立しないだろう。もちろん実際には、占領地の住民が占領軍を快く思わないのが通例であるからこそ、宣撫工作というのは必要となるのである。GHQだって日本各地で宣撫工作をやったわけだが、「だから東京大空襲はなかった」と言われて納得するのだろうか、彼らは?

プロパガンダや宣撫工作についてのこうした浅薄な理解の持ち主たちは、実生活でも「甘い言葉を囁くやつは後ろ暗いところがあるか、あるいはろくでもないことを企んでいる可能性がある」ことに思い至らないくらいのお人好し揃いなのだろうか? まさかそんなことはあるまい。「結論先にありき」な歴史修正主義だからこそ、極めて非常識な人間観を前提せざるを得なくなる、ということなのだ。



(注1)ブログ主が「赴任5日目の南京の市場らしいです。活気があります。」としている写真のキャプションは正しくは「五日目毎(ゴト)ノ部落ノ市」であろう。南京市街に立つ市を「部落の市」と書くはずがない。

2017年8月7日月曜日

笠原十九司『日中戦争全史』

 著者の笠原十九司先生から頂戴した『日中戦争全史 上・下』(高文研)読了しました。

 上巻のサブタイトルが「対華21カ条要求(1915年)から南京占領(1937年)まで」、下巻が「日中全面戦争からアジア太平洋戦争敗戦まで」となっていることからわかるように、日中戦争の「前史」の起点を対華21カ条要求においたうえで、45年8月までの日中戦争を描き出す試み。

 著者が「はじめに」で「類書にない『日中戦争全史』であると自負」する背景には、「これまでの日本における日中戦争の歴史書では、アジア太平洋戦争開始以後の日中戦争の作戦展開がきちんと記述されていないことが多かった」(下巻229ページ)という事情がある。

 手元にある一般読者向けの戦争史でこの点を確認しておこう。『日中十五年戦争史』(大杉一雄、中公新書、1996年)はそのタイトルに反して南京攻略戦〜早期和平路線の破綻、すなわち1938年前半までしか扱われていない。『新版 15年戦争小史』(江口圭一、青木書店、1991/2001年)の第III章「日中戦争」も、38年の「国民政府を対手とせず」声明以降については約4ページで徐州作戦、武漢作戦、広東作戦と汪兆銘工作に触れているだけで、第IV章「アジア太平洋戦争」で中国戦線の記述にあてられているのが7ページほどである。
 1980年代前半に刊行された小学館の「昭和の歴史」シリーズは第5巻が『日中全面戦争』(藤原彰)、第7巻が『太平洋戦争』(木坂順一郎)という分担になっており、第5巻では武漢・広東作戦以降の海南島占領、宜昌作戦、重慶爆撃、百団大戦と三光作戦等への言及はあるが、政治史・社会史的側面の記述に多くのページが割かれていることもあり、簡潔な記述にとどまっている。
 この日中戦争/太平洋戦争という分担は多くのシリーズものに共通している。例えば岩波新書の「シリーズ日本近現代史」。『満州事変から日中戦争へ』(加藤陽子、2007年)の記述は基本的には38年の「対手とせず」声明までで、「おわりに」で三国同盟等に触れているだけである。それに次ぐ『アジア・太平洋戦争』(吉田裕、2007年)には浙贛作戦や一号作戦への言及はあるものの、中国戦線の記述に割かれたページ数はざっと数えたところで7ページ弱というところ。同時期の「戦争の日本史』シリーズ(吉川弘文館)も『満州事変から日中全面戦争へ』(伊香俊哉、2007年)と『アジア・太平洋戦争』(吉田裕・森茂樹、2007年)に分けられており、前者では細菌戦、毒ガス戦、「慰安所」制度、三光作戦などのトピックが比較的詳しくとりあげられているものの、日本軍の作戦行動についての体系的な記述はやはり武漢・広東作戦までとなっている。後者では全8章のうち中国戦線の記述にあてられているのは第V章の後半……といった具合だ。

 軍事的な観点からいえば、対米英戦争に突入した時点でもはや敗戦は決まったも同然であったし、戦線がアジア太平洋全域に拡がるため中国戦線に割くことのできるページ数も自ずと限られてしまう、という事情はあろう。また、731部隊や重慶爆撃、華北の治安戦など日中戦争の特筆すべき側面については個別の文献も少なからずあり、あれこれと文献を当たれば1941年以降の支那派遣軍の主要な作戦について知ることは可能である。しかしひと続きの歴史記述として1945年8月までの日中戦争の全体像を描いたものはこれまでなかったと言ってよく、著者の自負は十分に根拠があると思われる。分量的にも、本書では下巻の3分の1ほど(=全体の6分の1ほど)が対米英戦開戦以降の中国戦線の記述にあてられている。日本社会のアジア太平洋戦争に関する記憶の一つの問題点として、それが「アメリカに負けた戦争」としてもっぱら記憶されている、というものがある。日中全面戦争から80年という好機に刊行された本書が、こうした問題点を克服する足がかりとなることを期待したい。

 また著者がかねてから主張してきた、海軍の責任の重大さという観点は本書でも踏襲されており、それもまた本書の特徴の一つとなっている。アジア太平洋戦争に関する記憶のもう一つの問題は、いわゆる「陸軍悪玉・海軍善玉」史観に強く影響を受けていることである。近年、NHKが「海軍反省会」を題材とした番組を制作・放送するなど海軍の責任を捉え直す機運はそれなりにできつつあると思われるが、本書はこの点でも従来のアジア太平洋戦争認識を問い直すきっかけとなるものと思われる。


2017年7月27日木曜日

フォーク・サイコロジーにつけこんだ“印象操作”

 『産経新聞』の「歴史戦」連載がはらむ問題点のうち、先日刊行された『検証 産経新聞報道』所収の拙稿でとりあげなかったものについて、ここで指摘しておきたいと思います。対象となるのは、ウェブ版「産経ニュース」では2014年5月25日に掲載された【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(5)前半】「「日本だけが悪」 周到な演出…平成4年「アジア連帯会議」です。この記事に対して「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」と「第12回アジア連帯会議実行委員会」が産経新聞社に抗議した件については、『検証 産経新聞報道』および「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」のホームページをご参照下さい。

 前記記事には、フリージャーナリスト舘雅子氏の話として、次のような記述があります。

 この会議に参加した舘は会場で迷い、ドアの開いていたある小さな部屋に足を踏み入れてしまった。  そこでは、韓国の伝統衣装、チマ・チョゴリを着た4〜5人の元慰安婦女性が1人ずつ立って、活動家とみられる日本人女性や韓国人女性の言葉を「オウム返し」に繰り返していた。  「元慰安婦に(シナリオ通りに)言わせるのは大変なのよね」  日本からの参加者がこう話すのを耳にしていた舘は、あの部屋で見たのは「元慰安婦女性たちの振り付けだ」と確信した。


『検証 産経新聞報道』でも指摘したような事情から、『産経』はこの部分に関する舘氏の“証言”の真実性・真実相当性について自信をもっていないことが伺えるのですが、ここではあえて外形的な事実としてはこの記事通りのことがあったと仮定して話を進めます。

 まず最初に指摘できるのは、「日本からの参加者」が口にしたのは「元慰安婦に言わせるのは大変なのよね」であって、「(シナリオ通りに)」は舘氏ないしは「歴史戦」取材班の推測に基づく補足にすぎない、という点です。日本からの参加者」が言わんとしたのが(シナリオ通りに)」であった、と断定する根拠はありません。「(以前の証言通りに)」や「(筋道立てて)」などを補足しても、文脈上は十分に意味が通ります。

 それはそれとして、元「慰安婦」被害者が証言の“練習”をしていたとするならば、彼女たちの証言の信憑性に影響するのではないか? と思う方は少なくないと思います。『産経』の狙いはまさにそのような印象をあたえることにあると言ってよいでしょう。

 しかしながら、これは人間のこころのはたらきに関する科学以前の“常識”(フォーク・サイコロジー)がはらむ誤りを利用した“印象操作”に過ぎません。

 まず第一に、過去の経験を想起するというプロセスは“録画しておいたビデオを再生する”ようなものではありません。HDDレコーダーなら、きちんと録画できた番組はスムーズに再生できますが、人間の記憶の場合にはそうはいきません。まして、その体験がトラウマ的なものであり、かつ社会的偏見の対象ともなる性暴力の被害経験ならなおさらです。

 第二に、人間というのはキャッチボールのように言葉をかわしながらコミュニケーションを行う動物ではあっても、見知らぬ聴衆を前に一方的に喋るようにできている動物ではない、ということです。何十人、何百人もの見知らぬ聴衆が黙ってこちらを注視してるなかで十数分、あるは数十分にわたって整然と喋り続けるなどということは、ある程度場数を踏んだ人間にしかできないことです。しかしフォーク・サイコロジーは「よく覚えている事柄なら、すらすら喋れるはずだ」「しどろもどろな証言者の証言は、信用できない」と私たちに思わせるわけです。

 実は日本の刑事裁判では、このような問題に対処するためのしくみがあります。刑事訴訟法の下位にあって刑事裁判の細目を定めている刑事訴訟規則には、つぎのような定めがあります。

第百九十一条の三 証人の尋問を請求した検察官又は弁護人は、証人その他の関係者に事実を確かめる等の方法によつて、適切な尋問をすることができるように準備しなければならない。

「準備することができる」ではありません。「準備しなければならない」とされているのです。これは報道等では「証人テスト」と呼ばれています。法廷で過去の体験について証言せよ、といきなり要求されれば多くの人間がしどろもどろになってしまうという現実を踏まえて、審理をスムーズに進行させるための規定です。なお、「誘導尋問」といえばやってはならないものと思われるかもしれませんが、刑事訴訟規則は「証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるとき」には、主尋問においても誘導尋問をすることができるとしています(第百九十九条の三 三項三号)。

 もちろん、この「証人テスト」が証言者の記憶を歪めてしまう可能性は存在しています。例えば、2010年に宮城県で発生した殺人・傷害事件の裁判員裁判(判決=死刑)では、検察が共犯者に証言内容を指示した疑いが報じられたことがあります。鈴木宗男・元衆議院議員の汚職事件の裁判でも、証人テストの際に検事が証人に証言内容を指示したのではないかという疑惑が報じられました。ただし、鈴木貴子衆議院議員の質問主意書に対して、安倍内閣は2014年3月7日に、過去の事例を含めて検察の証人テストについて「検証をする必要はない」と閣議決定しています! なにしろあの安倍内閣が閣議決定したのですから、これほど確かなことはないでしょう!

 閣議決定云々はおくとしても、『朝日新聞』のデータベース「聞蔵II」で検索可能な期間に「証人テスト」をめぐる疑惑を報じた記事は19本だけ。同じ事件について複数の記事が書かれていることを考えると、暗数は考慮する必要があるにせよそうたびたび問題が起きているわけでないことがわかります。

 証言聴取者が最初から「シナリオ」を有しておりそれを証言者に押しつけるのは論外として、証言者の過去の証言を参照しながら記憶を喚起し、証言内容を整理することは一般には*不当なことではなく、そのような記憶喚起は刑事裁判の実務では当たり前に行われている以上、日本軍「慰安婦」問題についてのみ否定されねばならない理由はありません。『産経』の上記記事は不当な誘導が行われたとする根拠をまったく示せていませんから、仮に舘氏が目撃した事実(舘氏の解釈を排除した外形的事実)がこの記事通りだったとしても、元「慰安婦」被害者の証言を否定する根拠にはならないのです。

* もちろん、証言者の当初の証言が何らかの理由で事実から乖離していた場合、証言聴取者が過去の証言との整合性を要求することが結果として事実に反する証言を誘導してしまう、といった可能性はあります。



2017年7月4日火曜日

『週刊金曜日』17年6月30日号掲載拙稿への補足

 『週刊金曜日』2017年6月30日号の拙稿で触れることができなかった、『読売新聞』による『朝日』バッシング記事の問題点をここで明らかにしておきましょう。
 とりあげるのは2014年8月30日朝刊(東京)の「[検証 朝日「慰安婦」報道](3)「軍関与」首相訪韓を意識(連載)」、および中公新書ラクレ版『徹底検証 朝日「慰安婦」報道」(読売新聞編集局)のうちこの記事をもとにした部分(58〜65ページ)です。

 これらでやりだまにあげられているのは『朝日新聞』が1992年1月11日の朝刊一面トップで「慰安所 軍関与示す資料」などと報じた記事です。ご記憶のとおり、この記事については宮澤首相の訪韓を直後に控えた時期に掲載されたことが、『朝日』バッシャーたちに問題視されてきました。個人的には、新聞が“政権の打撃にならぬよう、掲載時期を配慮しよう”などと忖度することこそジャーナリズムの自壊を招くと思いますが、その点は措いておきます。

 8月30日付の記事は次のように始まっています。
 朝日新聞は、1992年1月11日朝刊1面トップで再び「スクープ」を放つ。 最も大きな横見出しは「慰安所 軍関与示す資料」だ。加えて、「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」「部隊に設置指示」「募集含め統制・監督」「『民間任せ』政府見解揺らぐ」「参謀長名で、次官印も」と、合計6本もの見出しがつけられていた。
 通常はスクープでも、記事を目立たせる狙いがある見出しは3、4本程度だ。
 破格の扱いの記事は日本政府に大きな衝撃を与えた。最大の理由は、当時の宮沢喜一首相の訪韓を5日後に控えた「タイミングの良さ」にある。 朝日は今年8月5日の特集記事「慰安婦問題を考える」で、「宮沢首相の訪韓時期を狙ったわけではありません」と説明した。だが、92年の記事は「宮沢首相の十六日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる」と書いている。宮沢訪韓を意識していたことは確実だ。
冒頭の一行で「スクープ」が「 」付きなのは、同じ記事の中でこの1月11日トップ記事のスクープ性が否定されるからです。
 記事は、防衛庁(当時)の防衛研究所図書館で、戦時中の慰安所設置や慰安婦募集に日本軍が関与していたことを示す資料が見つかったという内容だった。 現代史家の秦郁彦氏は著書「慰安婦と戦場の性」(新潮社)で、朝日が報道した資料について、「(報道の)30年前から公開」されており、「軍が関与していたことも研究者の間では周知の事実」だったと指摘した。  朝日自身、翌12日の社説で、「この種の施設が日本軍の施策の下に設置されていたことはいわば周知のことであり、今回の資料もその意味では驚くに値しない」と認めている。
「周知」のことを報じたにすぎないのだからスクープの名に値しない、と言いたいのでしょう。見出しの数まであげつらっているのは、“たいした内容でもないくせにスクープであるかのごとく騒いだ”と言いたいからかもしれません。

 ところが、です。もし『朝日』の報道内容が「周知のこと」にすぎなかったのであれば、宮澤首相をはじめ日本政府首脳もまたそのことを承知していておかしくなかったはずです。それまで日本政府は「従軍慰安婦なるものにつきまして(中略)やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のよう」(1990年6月6日参院予算委)などと答弁していたわけですが、日本政府はこのときすでにこの答弁が虚偽であることを承知していたか、あるいは承知していて当然だったことになります。

 もし宮澤首相らがこの文書の存在を承知していたのであれば、訪韓を控えたこの時期すでに対策を準備しておくのが当然であり、『朝日』の報道によって「大きな衝撃」をうけたりするのはおかしい、ということになります。もし『朝日』の報道に先立って日本政府が自ら過去の答弁を修正していれば、以後「慰安婦」問題に対する日本政府の姿勢に疑念が抱かれることもなく、日本政府がより主導的に問題の解決に当たることができた可能性は否定できないでしょう。
 また文書の存在を知りながら対策の準備を怠っていたのであれば、宮澤政権こそがその怠慢に関して責任を問われるべきであって、『朝日』の記事のタイミングを非難するのはお門違いということになります。

 もう一つの可能性として、この「周知の事実」は実のところ「周知」といえるほどには広く知られておらず、宮澤首相らは『朝日』の報道までこの文書の存在を知らなかった、というものが考えられます。実際、92年1月11日の『朝日』一面には、「こういうたぐいの資料があるという認識はあった。/しかし、昨年暮れに政府から調査するよう指示があったが、「朝鮮人の慰安婦関係の資料」と限定されていたため、報告はしていない」(「/」は原文の改行箇所、下線は引用者)という防衛庁防衛研究所図書館の資料専門官のコメントが掲載されています。もしこのコメントが真実を述べているなら、専門官らは政府答弁が虚偽であることを示す資料の存在を把握していたにもかかわらず、政府の指示が「朝鮮人の慰安婦」に限定されていたことを盾にとって隠蔽を続けていたことになります。
 この可能性をとるなら、なるほど宮澤首相らが『朝日』の報道によって「大きな衝撃」をうけたのも理解できることになりますが、『朝日』の記事のスクープ性を否定することはできなくなります。なにしろ政府首脳たちが知らない事実を明らかにし、それまでの政府見解をひっくり返す結果をもたらしたのですから。

 先日刊行された『検証 産経新聞報道』収録の拙稿でも似たようなことを指摘しましたが、『読売』は『朝日』バッシングに熱中するあまり、自家撞着を起こしているのです。『朝日』の記事は周知のことを大げさに報じただけのつまらないものだったが、宮澤政権に大きな衝撃を与えた!? それでは単に宮澤政権の首脳たちが間抜けだったということにしかならないではありませんか。

 “民間業者が勝手に連れて歩いただけ”という政府見解が虚偽であることを知っていた/知っていておかしくなかった人間は与党自民党内にもいました。自身が「慰安所」の設置に関わったことが公文書で明らかになった中曽根康弘前首相(当時)や、内務官僚出身の後藤田正晴、奥野誠亮といった議員たちです。彼らが宮澤首相に「官僚はああ答弁しておるが、実は……」と耳打ちしてさえいれば、宮澤首相が“不意打ち”を食うこともなかったわけです。政府与党内の事情を知る人々が口をつぐんで史実の隠蔽を続けようとしていたのであれば、責められるべきは『朝日新聞』ではなく、「慰安婦」問題を歴史の闇に沈めることを意図した政府与党関係者であるはずです。




2017年4月2日日曜日

「洗脳」について

 『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高編著、筑摩選書)所収の拙稿への補足シリーズ、第3弾です。
 拙稿では、中国帰還者連絡会(中帰連)が行ってきた加害証言活動について、右派が“彼らは洗脳されてありもしない戦争犯罪を証言しているのだ”と攻撃してきたことに言及しました。こうした攻撃は心理学的根拠を欠く、というのが拙稿の主張です。ただ、そういう結論を導く過程で、私は次のように書きました(271ページ)。
 (……)中国共産党に抑留されていた「戦犯」容疑者たちの自白が、当初において少なくとも部分的には、こんにち心理学において「洗脳」と呼ばれている手法によって導かれたであろうことは、ある意味で当然である。そもそも「洗脳」に対する学術的な関心は、朝鮮戦争における捕虜などに対して中国共産党が行った「思想改造」に由来するからだ。(……)
 ここで私が言わんとしているのは、次のようなことです。まず戦後の日本で「洗脳」と呼ばれてきたもの=中国共産党が捕虜や抑留者に対して用いた「思想改造」の手法なのであるから、撫順や太原の戦犯管理所にいた捕虜たちが「洗脳」工作を受けたのは言葉の定義上自明である。また、中帰連メンバーも自分たちが当初は「認罪」に抵抗していたことを証言していることから分かる通り、自白は「戦犯」容疑者たちの当初の意志には反するかたちで行われた、ということ。しかしながら、そのことは自白内容の真贋を直ちに左右するわけではない、ということです。紙幅の都合で書けなかったこと、またゲラ段階で削除せざるを得なかったことがあり、ここだけを読むと、あたかも中帰連の方々の認罪証言が「洗脳の結果」であるという右派の主張を支持しているかのようにも思えるかもしれませんが、そういうことではありません。

 まず「洗脳」という単語が強い反共主義という文脈の中で受容されてきた、という点を押さえておきたいと思います。以前、インターネット上でどなたかの投稿を読んで「なるほど」と思ったことがあります。「洗う」という単語にはポジティヴな意味があるのに、なぜ「洗脳」にはおどろおどろしいイメージが付きまとうのだろう? といった趣旨だったと記憶しています。
 この反共バイアスを意識しつつ考えるなら、「洗脳」的な取調べというのは実はそれほど特異なものではないことがわかるはずです。

 草稿段階ではこの点を論証するために、「虚偽自白」研究の第一人者である浜田寿美男氏の業績に言及し、浜田氏が「日本の刑事司法における取調べ手法に「洗脳」と通底するものがあることを指摘している」という一節を先に引用した段落の結び部分に入れておりました。詳しくは浜田寿美男『新版 自白の研究―取調べる者と取調べられる者の心的構図』(北大路書房、二〇〇五年)の第四〜五章、特に二七一頁を参照していただきたいと思います。日本の刑事司法は「人質司法」と呼ばれるように、長期の身柄拘束、接見の大幅な制限、長時間に及ぶ取調べによって自白が強要されることは、刑事司法に批判的関心をもつ者にとっては常識となっています。身柄の拘束や接見の制限は外部の情報から被疑者を遮断することを意味しますが、これは「洗脳」の基本的な条件の一つです。

 ただ、ここで注意すべきは、「人質司法」が虚偽自白と冤罪の温床であるとして批判されるべきだからといって、「人質司法」の下で行われる自白が全て虚偽自白か? といえばそれは事実に反する、という点です。一般の人が漠然と思っている以上に虚偽自白や冤罪は発生している、と私は考えていますが、それでも多くの自白には犯罪事実が対応しているのです。中帰連の方々の告発(自己告発でもあります)を「洗脳」の結果として斥けることが誤っているのは、「意志に反する自白」には「やってもいないことは認めたくない、という意志」に反するものだけでなく、「やった犯罪を隠したい、罰を受けたくないという意志」に反するものもある、という当たり前の事実を無視しているから、なのです。