2017年3月23日木曜日

「“歴史戦の決戦兵器”、「WGIP」論の現在」への補足

 『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高編著、筑摩選書)に所収の拙稿について、紙幅の関係で詳しく書けなかった点につき補足しておきます。保守・右派メディアがこれまで「WGIP」論をどう扱ってきたか、についてです。
 まずは『読売新聞』のデータベース「ヨミダス歴史館」での検索結果(検索対象は1986年以降の記事)から。いずれも執筆時点での結果です。「」「ウォー・ギルト・インフォ(ー)メーション・プログラム」ではヒットする件数はゼロです。「閉された言語空間」ないし表記違いの「閉ざされた言語空間」では(異なる日付・見出しで掲載された東京本社版と大阪本社版記事の重複を除いて)計9件がヒットしますが、識者寄稿・江藤自身を含むインタビュー記事・書評を除けば1994年11月13日付東京本社版朝刊に掲載された「GHQの検閲 米兵の暴行はノー」(連載[戦後50年にっぽんの軌跡](26))があるだけです。しかもこの記事は、GHQによる検閲の負の側面を指摘するとともにその「民主化への貢献」も指摘するものとなっています。
 検索語を「江藤淳」AND「検閲」にしてもヒットする記事の件数は11にすぎません。「GHQ」AND「検閲」という条件では100件を超える記事がヒットすることを考えると、『読売新聞』は「WGIP」論をほぼ黙殺してきたといってよいでしょう。同紙は「歴史戦(争)」というタームについても使用していない(日本の近現代史に関連する例としては、読者の投書に現れるものが唯一の例ことも付記しておきます。
 江藤淳の連載を掲載誌していた『諸君!』以外の月刊誌はどうか。国会図書館の雑誌記事データベースでの「」の検索結果は『正論』が3件、『新潮45』が5件(同一著者による連載)、『』が3件で、いずれも2015年以降のものです。拙稿では「WGIP」論が2015年以降広がりを見せつつあるとしましたが、その傾向が一番わかりやすいのがこの結果です。
 最後に『産経新聞』のデータベースで1992年9月7日以降(2017年3月23日まで)の東京本社版朝刊を検索した結果を紹介しておきます。まずは「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」での検索結果です。25件がヒットしますが、そのうち2015年以降のものが5件です。高橋史朗氏の寄稿、ないし高橋氏の著作の書評記事が計6件あります。


 また「閉ざされた言語空間」(江藤の書籍タイトルは『閉された言語空間』ですが、産経新聞は「閉ざされた」という表記を用いています)では17件がヒット。内容的に関連の深い「自虐史観」が493件、「東京裁判史観」が300件であることを考えると、25件、17件はいずれもかなり少ないヒット数です。
 興味深いのは「WGIP」での検索結果です。2015年3月31日に『正論』の同年5月号の紹介記事で登場するのが最初で、それ以降の約2年間に計15回登場しています。月刊誌での扱い同様、2015年を境とする変化を示す結果となっています。


2017年3月14日火曜日

『徹底検証 日本の右傾化』に寄稿

 3月13日に筑摩選書として刊行された『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高編著)に「“歴史の決戦兵器”、「WGIP」論の現在」(第14章)を寄稿いたしました。
  「WGIP」とは「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program」の略です。GHQが占領期に行った検閲やプロパガンダに関する計画を指すこの語は、1980年代に評論家の江藤淳が『閉された言語空間』(文藝春秋、ベースとなったのは月刊誌『諸君』での連載)で論壇に紹介したものです。WGIPは「東京裁判史観」を日本人に植えつけるための洗脳工作であり、その呪縛はいまだに続いている……といったたぐいの主張を「WGIP」論と拙稿では称しています。

「WGIP」論は歴史学の観点から見ても、また心理学や精神医学の知見に照らしても大きな問題点を抱えています。しかし右派論壇では2015年から「WGIP」論のプチブームといってよい事態が起こっています。拙稿は「WGIP」論の概要とその特徴、問題点を概観したうえで、15年以降の「WGIP」論のカジュアル化を紹介しております。

紙幅の都合で書ききれなかったことも少なくありません。15年以降に新たに「WGIP」論業界に参入した言論人たちの、個々の主張の特徴などは紹介できていませんし、江藤以後「WGIP」論ないしそのヴァリエーションを継承してきた何人かの言論人(西尾幹二、櫻井よしこら)についても論じることはできませんでした。中心的な「WGIP」論のイデオローグである高橋史朗の主張の変遷についても、です。いずれも、今後機会があれば書いておきたいと思っています。

「WGIP」論の荒唐無稽さについてはきちんと示すことができたと思います。しかしその荒唐無稽な主張を警戒しなければならないのは、「WGIP」論をこの社会が受容しかねない条件がいくつもそろってしまっているからです。安倍内閣が歴史修正主義的なイデオロギーをもっており、右派の「歴史戦」キャンペーンに公然と協力していること。主流メディアが歴史修正主義に対してきわめて寛容であること。「日本はむしろ被害者である」という歴史認識が日本人の自己愛をくすぐるものであること。さらに自身の記憶や実感に基づいて「戦争はこりごり」という意識をもつ世代が少数派となり、遠からずこの社会から退場すること、などです。「WGIP」論は戦後の日本がアジア太平洋戦争の体験をどう記憶してきたか……という戦後史を「修正」することで、「侵略戦争」も「南京大虐殺」も「慰安婦問題」も一気に否認することを可能にするものです。個々の論点について細かな議論を積み重ねるまでもなく「GHQの洗脳!」のひとことですべてをひっくり返せるわけですから、“歴史戦の決戦兵器”というわけです。これからの日本社会は実体験に依拠せずに「WGIP」論に抗しなければならないわけです。