2015年2月16日月曜日

歴史修正主義の手法に見られるパターン

 心理学者のセス・C・カリッチマンは『エイズを弄ぶ人々ー疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇』(化学同人、2011年。原題 Denying AIDS: Conspiracy Theories, Pseudoscience, and Human Tradegy, 2009)においてエイズ否認主義の典型的な手法をまとめています。実はこの手法は疑似科学一般にも、さらには歴史修正主義においても見られるものです。カリッチマンは科学ジャーナリストのマイケル・シャーマーの分析に着想を得ているのですが、シャーマーはホロコースト否定論が疑似科学と同じパターンの論法を使用していることを指摘しています(『なぜ人はニセ科学を信じるのか II』、早川文庫)。以下にカリッチマンの指摘の主なものをメモしてコメントを付します。太字になっているのは原文の小見出し。
第4章  否認主義者のジャーナリズムと陰謀説
エイズをめぐる大規模な議論?(164ページ〜)
「否認主義のジャーナリストは、HIVがエイズの原因かどうかについて、公の場で公正な議論を行うことをしつこく要求する」「否認主義者から見れば、エイズ学者は真実の発覚を恐れて、HIVがエイズの原因かどうかについての議論を避けている、ということになるようだ」「一方、エイズ学者から見れば、HIVがエイズの原因かどうかという問題はすでに解決済みであり、改めて議論すれば、それを未解決と見なすことになるのだ」
コメント:河村たかし・名古屋市長が南京大虐殺否定発言の問題化後に言い訳として用いたのもこの論法。ネットにも「検証するくらいいいじゃないか」みたいな発言はゴロゴロしているが、しかしそんなことを言う人々が過去の「議論」の蓄積をきちんと参照したためしはない。
科学を宗教として描く(173ページ〜)
「否認主義には宗教的含みが無数に見られ、特に主流のエイズ学について説明する際には、しばしば宗教がかった言い方をする。エイズ学は『正統派(オーソドクシー)で、「HIV=エイズの教義(ドグマ)」を奨励し、HIVがエイズの原因かどうかに疑問を持つ科学者を「破門する」、といった具合だ」「科学を宗教のように扱うのは、科学的証拠を単なる信仰のひとつとして片づけたいからだ」(原文のルビをカッコ書きに改めた)
コメント:「正統派」といったタームは日本ではさほどポピュラーではないが、「左翼の信仰」として片付けようとする発想はやはり見られる。
いいとこ取り(175ページ〜)
「自分の主張に合うように、他者の研究結果を選んで抜き出す」
コメント:これは歴史修正主義においてもド定番。先の記事では南京市の城内(南京は城壁都市を中心として成立)が平穏だったという証言を取り上げた『産経新聞』の否定論を紹介しましたが、戦後の戦犯裁判の事実認定でも、現在の中国政府や中国の研究者の認識においても、さらには日本側研究者の見解でも、大規模な虐殺の大部分は城外で起こったとされていますから、城内に大虐殺の痕跡がないのは当然なのですね。典型的なパターンは揚子江岸に連れ出して殺害するというものでしたが、これはもちろん遺体の処理が容易だからです。ところが右派は、笠原十九司さんの「南京城内では、数千、万単位の死体が横たわるような虐殺はおこなわれていない」という主張を引き合いに出して「ほら、大虐殺は起こっていないと左翼学者も認めている」と宣伝することがあります。

日本軍「慰安婦」問題に関しては吉見義明さんの「朝鮮半島では軍による人さらい的な強制連行はなかったと思われる」という趣旨の主張が否定論・否認論に利用されてきました。最近では橋下徹・大阪市長の12年8月24日発言など。
単独研究をめぐる過ち(176ページ〜)
「一つの科学研究がなにかを『証明』したことはない。(……)科学では、ある研究の結果が事実として受け入れられるには、複数の独立した研究で同じ結果が出ることが求められる」「否認主義者は、HIVがエイズの原因であることを証明する単独の研究がないからエイズ学はいんちきだと攻撃する」 「単独の研究をめぐるもうひとつのごまかしに、単独の研究論文を選んで、それを証明のよりどころにするというものがある」
コメント:これは「研究」を「史料」に置き換えれば歴史修正主義のかなり重要な特徴。「命令書はあるのか?」のようなタイプ。紙ペラ1枚で複雑な史実が認定されるかのような認識を持っているのだろう。
一九八〇年代にこだわる(178ページ〜)
「否認主義のジャーナリストは、一九八〇年代に行われた研究からもっぱら引用しようとする。当時はエイズについてわかっていることが今よりはるかに少なかった」「また否認主義者は、一九八〇年代にエイズ学者が予測に失敗した事例も持ち出す」
コメント:「慰安婦」問題についていえば「1990年代初頭にこだわる」となろう。いまだに「吉田清治」にこだわっていることなどがその好例。
ゴールポストを下げる(179ページ〜)
「否認主義者が使うもう一つの一般的な戦略は、証拠が出されるとすぐ、さらに明確な証拠を要求することだ」
コメント:これも歴史修正主義者の得意技。間もなくNHK経営委員を退任する某ベストセラー作家の例。
「意外に知られていないことだが、南京陥落当時の日本と中国は国際的には戦争状態ではなかった。だから当時の南京は欧米のジャーナリストやカメラマンが多数いた。もし何千人という虐殺が起こったりしたら、その残虐行為は世界に発信されていたはずだ。しかし実際にはそんな記事はどこにもない。」 http://twitter.com/hyakutanaoki/status/381973087731732480 ↓ 「根拠も証拠もない伝聞記事が載ったのは知っていますが。 RT @aka6446: @hyakutanaoki @gadeniijima 事件直後にアメリカの新聞に大きく報道されたのを知らないようですね。秦郁彦の「南京事件」くらいは読みましょう。」 http://twitter.com/hyakutanaoki/status/382829294650523648
曲解(182ページ〜)
「本質的に否認主義には、事実を自分たちの目的に合うように曲解する傾向がある」「同じような曲解は、CDCや世界保健機関が新情報やより正確なデータを反映させて疫学統計値を訂正するたびに起こる。否認主義者は、訂正前の数字がエイズ問題を誇張するためにわざと大きな数字になっていたかのように解釈する」
コメント:「中国が主張する南京大虐殺の犠牲者数が年々増えている」など。敗戦後の中国による戦犯裁判の判決がすでに犠牲者数を「34万人」としており、「
年々増えている」などという事実はない。また、「同日〔=河野談話発表の日〕の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」という07年答弁書の記述を、「07年の閣議決定で強制連行の証拠はないことが明らかになった」とするのもこのパターン。
陰謀がらみの検閲(188ページ〜)
「否認主義者は、自分たちは検閲の被害者であり、科学界から追放され、仕事を奪われる脅威に直面していると訴える」
コメント:マスコミやアカデミズムはサヨクや在日に牛耳られている、とか国際社会は中韓のプロパガンダに騙されている、等々。
第5章 否認主義の政治
記者会見(201ページ〜)
1984年4月23日の、ロバート・ギャロの記者会見(エイズの原因ウィルス特定の発表)は、論文の掲載に先立つ会見で、発表内容にものちに誤りと判明するものが含まれており、かつその後「誰が最初に発見したか?」をめぐる争いに巻き込まれた
「否認主義者の書籍や小冊子やインターネットウェブサイトのほとんどは、HIVがエイズの原因であることを疑う理由として、この記者会見に焦点を当てている」
コメント:いわゆる「一点突破全面展開」論法。吉田清治氏や東史郎氏などが恰好のターゲットになる。
大統領の否認主義(206ページ〜)
 エイズ否認論が国家レベルで影響力を発揮したために多大な犠牲者が出たのが南アフリカだが、ムベキ大統領(当時)の否認主義への加担(216ページ〜)についても、歴史修正主義を考えるうえで示唆的なところがいくつかある。
「多くの人が、ムベキ大統領は非常に聡明な人物だと言う」「ムベキは、HIVはエイズの原因ではないとおおっぴらに言うことはなかったが、HIVがエイズの原因だと考えているとも言わなかった」「既存の科学には正しいものもまちがっているものもあり、すべてをうのみにしてはならない、というのが彼の信念だった」「自らの知性に自信を持ち、西側諸国や医学、巨大製薬会社が流す情報に不信感を抱いていたムベキは、デューズバーグのエイズ観をきわめて受け入れやすい状態にあった」
コメント:歴史修正主義を「欠如モデル」で説明することの問題点、「否定しているわけじゃない、ただもっと調べるべきだと言っているだけ」という態度が事実上否認論への加担になること、一般論としては間違いとはいえない懐疑主義が誤って適用されることの帰結、等々。